2021/10/12 09:14:54
出雲からのJAL3433便は雲の中を進み降下し雲から出たところで左に大森島が見えた。
2021/10/12 09:16:20
さらに降下をして四敷島が斜め前に見えて来た。
2021/10/12 09:16:52
蛸木という集落は半島になった一帯を示すようで、その先端には漁港がありそれが見えてきました。
2021/10/12 09:17:14
Y字型になった入り江を見ながら降下を続けます。ここには港はなさそうで、奥に行くほど狭くなっている地形は波などが高くなる傾向があるので適していないのでしょう。
2021/10/12 09:18:05
左の細長い入り江の左側には島根大学の隠岐臨海実験所があるそうで、そこを見ながら降下するともうすぐ着陸です。
2021/10/12 09:18:45
空港の敷地に入る直前のショットです。高度がまだ高いようですが隠岐空港は小高い丘の上にあるので、ほぼ空港の滑走路と同じ高さです。
2021/10/12 09:20:32
着陸しスポットに停止する直前
2021/10/12 09:27:39
隠岐空港は歩いてターミナルに向かうので、乗って来た機材を撮影。
2021/10/12 09:54:31
隠岐の総社として創建された神社で隠岐の港や空港からすぐの場所にあります。 道路からすぐの所に大きな鳥居があり、そこから伸びる参道の先に神社があります。 右手には参拝者駐車場があります。
2021/10/12 09:55:49
隋神門は茅葺の建物で左右に神社を守る神様がいます。 ここの神様は隙間から見えるくらいでした。
2021/10/12 09:56:35
隋神門をくぐった先は拝殿で後ろに本殿があり、拝殿は立派なしめ縄が見事です。建物は隠岐造りという形式との事ですが、どういう物なのかは良くわかりません。
2021/10/12 10:00:23
玉若酢命神社にはもう一つ見るべきものがあり、それがこの八百杉です。八百の名前がついていますが樹齢は千年以上で隠岐の三大杉の一つとなっています。
2021/10/12 10:18:33
たまたまでしょうが収穫した稲の「稲架掛け」がSLのように見えてしまいました。 「稲架掛け」は「はさがけ」と読みますが、最近は収穫と同時に脱穀し人工的に乾燥させるのが多くだんだん少なくなる風景ですね。
2021/10/12 10:21:54
隠岐に流された小野篁(おののたかむら)が都に戻るときに島の娘の阿古那(あこな)に残したと言われる木像があり、あこな→あこなしに変わったと伝えられています。その像がここにあったとの事です。
2021/10/12 10:25:09
お堂は木造であまり大きなものではなかったです。島に残したと言われる木像はここには安置されてなく、京都のお寺に移されているそうです。
2021/10/12 10:25:23
少しずれた所から石段とお堂を撮影しました。 石段の左側は大きな石を積んであり石垣の様になっています。
2021/10/12 10:41:03
島の中央からやや北寄りの所にある神社で、その参道の所から撮影しました。
2021/10/12 10:41:15
先ほどの一の鳥居をくぐった後には二の鳥居があり、そこから拝殿と回りの森が見えます。
2021/10/12 10:42:04
鳥居をくぐった先には楼門がありました。一般的な楼門とは形が少し違いますが木造の立派な門です。
2021/10/12 10:42:21
拝殿を撮影したもので雨が強くなってきたので写真としては雨が映り込んでいます。他の神社と違っていると感じるのはそのまま後ろの本殿が見えます。
2021/10/12 10:45:55
隠岐の色々な事を知るには良いと思って行ってみましたが残念ながら開いていませんでした。でもこの建物は明治18年に西郷港の近くに建てられたお役所の建物で、ここおに移設されたとの事で歴史がある建物なので外観だけ撮影しました。
2021/10/12 10:49:31
水若酢神社の境内には立派な相撲の道場もありました。20年に1回の奉納相撲も行われていて隠岐の中でも格式の高い土俵と言われています。
2021/10/12 11:10:24
島の最北端の岬で、実際には岬の先にある白島・沖ノ島・松島・小白島という岩肌が真っ白な島から名前が付きました。
2021/10/12 11:13:34
東側の風景を撮影したもので。天気が悪く画像処理してやっと見られるくらいになりました。
2021/10/12 11:14:57
展望台の所から海に向かって左側の丘の上には灯台の姿がやっと確認できました。
2021/10/12 11:16:15
日本固有の領土の竹島は島根県であり国境を意識させる県で、日本の領土で他国に占有されていたり文句をつけられている島までの距離がかかれています。 旅行が出来るのは対馬だけでいずれは行きたい島の一つです。
2021/10/12 11:37:38
日本最大の黒曜石の産地の久見集落の氏神を祀る神社で隠岐四大社のひとつで7月に久見神楽が行われます。道路からすぐに鳥居があり、そこからの撮影です。
2021/10/12 11:38:32
鳥居をくぐった先に楼門がありますが、形は水若酢神社と同じ形式で独特な形です。
2021/10/12 11:38:48
本殿は木造の普通のかたちですが奥に横に長い建物が見えています。
2021/10/12 12:03:21
福浦トンネルは最初は手彫りで徐々に機械を使って大きくした様子が土木の変遷と生活の変遷がわかります。そのトンネル近くから向こう側の耳崎を撮影したのがこの写真です。
2021/10/12 12:03:21
最初のトンネルは通行止めになっていて入れません。車は途中において歩いていくことになりますが、その道の途中には落石が散らばっているちょっと危険な道です。
2021/10/12 12:03:21
大雨による土砂の崩れや大きな岩も落ちている海岸線の道路で危険であり、今はバイパスとして内陸側に大きなトンネルが造られています。
2021/10/12 12:03:42
トンネルの所の海岸線には降りる道があり、そこがトンネルになっているようですが立ち入り禁止になっていました。
2021/10/12 12:03:54
陸地側には手彫りのトンネルと思われる小さなトンネルが口を開けていましたが、こちらも立ち入り禁止になっていました。
2021/10/12 12:12:27
海岸線まで隆起した大きな石の崖が続いていて、なんとか掘れたのがあの海岸線だったのでしょうか。
2021/10/12 12:41:31
島の西海岸にある池で隠岐の島には珍しい湿性草原です。池の中には写真に写っている島がありますが浮島との事で位置はいどうしそうです。
2021/10/12 12:41:31
東側には丸く囲むように崖が切り立っています。地質学的には火山の噴火口でそこに水がたまったとも言われていますが、隕石が衝突したクレーターという話もあります。
2021/10/12 12:56:14
駐車場にある灯台です。明治時代に作られたもので島前と島後の間を通過する船にとっての重要な役目を果たしていました。新しい灯台にその役目を譲ったあとはここに移設されて保存されています。
2021/10/12 12:57:36
島の西側にある岬で小高い丘の上に灯台があります。
2021/10/12 12:58:22
駐車場がある場所はかなり高い位置で灯台が俯瞰してみる事が出来ます。向こうに見える島は島前の島です。
2021/10/12 13:02:38
岬の一番先の展望所からの写真です。 木々が生い茂り展望所といっても今までの所の方が視界が開けていていい景色です。
2021/10/12 13:20:17
檀教の滝と神社がありとっても楽しみにしていたのですが、少し前の大雨で道路崩壊のために進入禁止になっていて、一の鳥居だけ撮影しました。
2021/10/12 13:23:40
光山寺(こうさんじ)は770~780年の創建とされ小野篁ゆかりの寺と言われています。小野篁は遣唐使を拒んで隠岐に流されてこの光山寺で過ごしたと言われています。
2021/10/12 13:26:41
お寺はなくなり再建されたのはこの小さなお堂だけです。このお堂の中には小野篁の作と言われる焼けた仏像が安置されています。
2021/10/12 13:36:15
隠岐の島では珍しい礫岩が集まっているところが見られるのが大津久で、そこに行く前に道の所から大津久の港を俯瞰した写真がこれです。
2021/10/12 13:47:57
大津久の港へは島を一周する道路から分かれていく必要がありますが、その分岐の所には大津久という集落の名前ではなく「大津久の礫岩」という案内版があります。
2021/10/12 13:42:08
大津久の漁港の所から向かいの半島を撮影したもので、木が生えていないところは岩の柱が見え溶岩により出来た島という事がよくわかります。反対側は礫岩というのが面白いですね。
2021/10/12 13:43:51
礫岩は小さな岩粒などが集まって堆積したものが固まったものです。写真では土の所に小石があるように見えますがこの茶色の部分も硬い岩でした。
2021/10/12 14:02:17
大津久の港から対岸の半島を撮影した写真です。白島岬で見たような白い岩が固まった岩で出来ています。
2021/10/12 14:02:17
屋那の集落の海岸線には松並木があり松原を形成しています。
2021/10/12 14:05:26
屋那には今でも行われる牛突き場があります。 観光用のは「モーモードーム」で見られますが、ここのは観光用でなく伝統的な牛突きの場所です。 この写真は牛が入っていくゲートです。
2021/10/12 14:05:36
観客席に座って道場を写した写真で円形の平らな場所がありフェンスの後ろには観客席のコンクリート製の段々があります。
2021/10/12 14:10:21
屋那の海岸線に風雨などから船を守るための舟小屋群があります。 日本で有名なのは伊根の舟屋ですが、それと同じようなものです。 近くの屋那の松原は若狭の国から来た八百比丘尼が植えたという伝説があり、伊根の舟屋が伝わっているのかも知れません。
2021/10/12 14:14:05
屋那の舟屋の近くにある神社で地図などでは釜屋神社となっていますがこの写真の鳥居には金比羅神社となっていました。
2021/10/12 14:14:23
鳥居をくぐった先には小さなお宮がありました。 中には石造りの牛もあり、伝統的な牛突きと関係もありそうです。
2021/10/12 14:16:49
隠岐の牛突きは隠岐に島流しになった後鳥羽上皇を慰めるために始まったと言われていて、屋那の牛突き場で行われる大会は檀鏡神社の祭礼の奉納として開催される伝統的なもので、その牛突き場がある屋那(都万村)の入り口にモニュメントがあります。
2021/10/12 14:33:07
銚子ダムのダム公園にはSLのD51の動輪の片側だけが保存されていました。鳥取県の大山町の大山口の駅前に展示してあったものが老朽化で取り壊される時に隠岐の個人が保管の為に譲り受けここに一部だけ移設したそうです。 反対側も隠岐の別の場所にあるそうです。
2021/10/12 14:33:15
銚子ダムは島の中央付近にあり隠岐の島の治水と水道用で重要な役目を担っています。
2021/10/12 14:36:46
日本列島も大陸の一部だった痕跡が見られる場所で2億5千万年前に形成された片麻岩が岩肌に露出しています。 同じ組成の岩が北陸地方とユーラシア大陸にあります。
2021/10/12 14:37:43
この片麻岩の鉱物を分析した結果は3億5千年前の地層が元で含まれる鉱物の中には30億年前の物もあるそうで、地球誕生は46億年前ですが、それに近い年代のものを実際に触れる場所です。
2021/10/12 14:45:04
根元のすぐ上で6つに幹がわかれる珍しい形の杉の木で樹齢は600年と言われています。隠岐の島には他にも珍しい杉の木があり三大杉と言われる杉の木の一つです。
2021/10/12 14:45:34
島の中央を南北に走る道路の途中にありますが、小さな駐車帯がありそこに車を停めて見る事になります。案内板があり場所は間違えないです。 この日は天気が悪く翌日にも行ったのですが道の反対側からでなければ木の全体が入らないので道の反対で撮影しようとしたら、観光バスが木の前に遮るように駐車時手いてどかないので困りました。
2021/10/12 15:00:32
島の東側の海岸で海に面白い形の岩が見えたので撮影しました。後で地図を確認したら出島というらしいです。
2021/10/12 15:15:16
とかげ岩が見える展望点の所からの写真ですが天気が悪いときは見えないという事で残念でした。この一帯は自然回帰の森になっていて散策路がありそこを歩くと見られそうでしたが、前に降った大雨の崖崩れなどの治山工事で通行止めになっていて行くことが出来ず残念でした。
2021/10/12 15:16:28
とかげ岩の展望地点の近くでもこのように歩くのも危険なくらいの状況でした。
2021/10/12 15:35:06
島の東側にある神社です。この写真を撮影している後ろは海岸線で鳥居の内側から海岸線を見た時に、春分の日と秋分の日には鳥居の正面から朝日が登る神社です。
2021/10/12 15:35:27
鳥居を入ったすぐ左に大きな木の根っこがありました。屋根が掛けられていて説明はなかったのですが、昔あったご神木が倒れてしまい根っこの部分だけ保存しているのではないかと思います。
2021/10/12 15:35:46
鳥居を入った先に少し長い参道があります。その参道の両側には樹齢が350年を越えると言われるクロマツが生えています。
2021/10/12 15:39:44
参道を進むと拝殿があります。木造の拝殿の手前にはお尻を上げた形の左右一対の阿吽の狛犬が鎮座していました。
2021/10/12 15:39:20
拝殿の左側から本殿を撮影しました。 本殿は拝殿より一段高く作られ地面と並行な鰹木と斜めに天に向かってクロスしている千木を持つ本格的な屋根を持つ造りでした。
2021/10/12 15:41:00
春日神社は海に面していて春分の日と秋分の日に鳥居の正面から太陽が登りますが、その正面の東の浜辺があり撮影したものです。
2021/10/12 15:46:00
隠岐の島の東海岸にある景観が美しい場所で、一休和尚が句を詠んだという伝説から名前がついたそうです。松の木が生えた岩礁が海の青さとの対比ですごく綺麗な場所との話ですが、天気が悪いと空も白く海も綺麗な色にはならずに残念でした。
2021/10/12 16:03:56
島のいちばん東の黒島崎の手前にある展望所で黒島という海岸線の先にある島を見る事が出来、そこからまずは北側の半島を撮影しました。
2021/10/12 16:04:38
黒島はこの写真の中央に見えている島で塀のような形になっています。これは約350万年前に噴火した火山の噴火口のヘリが残ったもので縦に割れ目が入る柱状節理が見られます。 資料によるとマントルゼノリスが見えると事ですがそれが何なのかよくわかりませんでした。
2021/10/12 16:09:30
島の東側の海岸線で沖に見えている島を撮影したもので、手前は硬い溶岩が固まっているように見え、奥の島は白島と同じような白い岩石の様に思えます。
2021/10/13 08:15:21
西郷の町の近くの岬町という所の海岸線から西郷湾の入り口を撮影したもので、湾はかなり広いのですが入り口は狭く天然の良港だという事がわかります。
2021/10/13 08:28:55
隠岐国分寺は聖武天皇の詔により全国に設立された国分寺の一つです。駐車場から長い坂道を登って行った先に山門があり、この写真で少し見えています。
2021/10/13 08:32:39
山門には金色の五三の桐と菊をあしらったバッチが左右にありました。
2021/10/13 08:33:28
聖武天皇の詔により建立されたお寺ですが本堂は老朽化で新しく建てられたもののようです。
2021/10/13 08:36:11
本堂の右横に昔の隠岐国分寺の跡地(境内)があります。礎石が残されていて重要な遺跡なので文部省の警告の看板がありました。
2021/10/13 08:36:53
国分寺境内跡の礎石部分を撮影したもので、この石の上に柱が建っていて建物が建てられていました。
2021/10/13 08:38:21
国分寺境内の跡地の後ろにはさらにうっそうとした森があり、そこには玉城鎮守社があり後醍醐天皇が祀られています。
2021/10/13 08:38:41
階段を上がった先の奥に見えるのが玉城鎮守社です。後醍醐天皇を祀っているという事ですが、かなり小さなお堂ですが、この奥の森全体が禁足地になっているようです。
2021/10/13 09:16:57
隠岐の島の北にある中村集落にある神社で山を少し登る感じの階段の前の鳥居です。駐車場はなくこの階段の前に少しスペースがあり少しの時間なので停めさせて頂きました。
2021/10/13 09:17:19
鳥居をくぐった先は長い階段になっていて、その途中に楼門があります。階段の横にはかなりの樹齢の杉の木が植わっています。
2021/10/13 09:17:45
階段を登った所の木造の楼門があります。 この神社は鎌倉時代の創建でとても歴史のあるものです。
2021/10/13 09:19:20
拝殿は木造で屋根を見ると立て直されたものか修復が行われたもののように思えます。隔年で催される五穀豊穣を祈る隠岐武良祭りではこの神社のご神体の月神と、この後に訪問する八王子神社の日神が出会う神事です。
2021/10/13 09:35:16
島の北東にある神社で6世紀頃の土器が発見されたと言われる神社で道路からは古い木製の楼門があり階段の上に本殿があります。この神社は中村集落にある一之森神社の月神とこの八王子神社の日の神が出会う隔年の神事があり重要な神社です。
2021/10/13 09:43:52
飯美(いび)という集落にある漁港の防波堤の所にある岩で、隠岐のジオパークの岩の一つとなっています。特殊な珍しい岩ですが容赦なく防波堤のコンクリートが突き刺さっています。
2021/10/13 09:46:05
球顆の部分をアップで撮影しました。この球顆は火山岩の中に鉱物が結晶したものでマグマが冷える時に出来ますが通常はマグマが早く固まるために成長しないのですが、特殊な条件では成長してこのように丸い形状となって表れます。最初は貝が付いているのかと思いました。
2021/10/13 09:55:59
樹齢800年と言われる杉の巨木がご神体の神社で社殿はありません。鳥居は新しく建てられたものなのか新しかったです。
2021/10/13 09:56:23
杉の巨木は高さがありすぎて全部は入りません。根元に蔦が巻ついているのがわかると思いますが、隔年でご神木にかづらを巻つける神事が行われるという事で、それが残っているものだと思います。
2021/10/13 09:57:35
少し下がって撮影したもので、神殿がなくこの杉がご神体で後ろの山全体が社殿というような意味合いです。
2021/10/13 10:22:36
島の東側の浄土ヶ浦の近くにある岬で景色が凄く良いと言われるところで上から見るのが最高との事でしたが、崖崩れで海岸線から上の道は閉鎖されていました。浄土ヶ浦側からはこの写真の崎山岬灯台までが通行可能でした。
2021/10/13 10:24:06
海岸線が良く見える場所があり、岬のように突き出た岩場が見えました。ここが崎山岬の先端のようです。
2021/10/13 10:32:28
前日に引き続きまた来てみましたが天気があまり良くなくいい写真が撮れませんでした。
2021/10/13 11:19:43
爆裂火口の上にある西郷岬でそこに灯台があります。この岬自体が海面からかなり高いので灯台はそんなに高くはありません。
2021/10/13 11:26:43
西郷岬から西郷港の方を撮影したもので入り口が狭く奥が広くなっている天然の良港だというのがわかります。
2021/10/13 11:23:17
前日にとかげ岩が見られませんでしたが、なんとこの西郷岬からも見えるとの事でその場所で写真を撮影してみました。 その写真の岩の部分を切り出したのがこの写真で岩に張り付くトカゲが見えます!
2021/10/13 11:37:28
空港の近くにある神社で非常に新しく見えます。右側にある説明版によると2005年にここに移設されたそうで、まだ新しいという事がわかります。
2021/10/13 11:39:24
鳥居をくぐった先の本殿は古いものの様に見えます。これは元の場所の物を移設したので元は1800年頃の建物だそうです。
2021/10/13 12:34:06
西郷の中心部を流れる八尾川沿いにある神社で「みやお」神社と読みます。
2021/10/13 12:34:28
拝殿は床に長くとても大きなもので、奥行きもなかりある大きな拝殿で、後ろは森になって禁足地で本殿が建っていて屋根が少し見えます。
2021/10/13 12:56:42
島の南側の小さな集落にある神社で特に説明もなくよくわからない神社でしたが掃除が行き届いていて地元に愛されている神社のようです。
2021/10/13 12:56:59
鳥居から先の参道は長く敷地が大きく立派な社有地を持つ神社です。拝殿と本殿は木造ですが屋根は近代にメンテナンスがされ瓦葺に変えたようです。
2021/10/13 13:50:28
旅の終わりはレンタカーの返却で隠岐空港にはレンタカーカウンターはなく駐車場で借り受け・返却です。返却をした後に隠岐空港ターミナルを撮影しました。
2021/10/13 13:43:30
ターミナルを撮影した後は展望デッキに上がり空港を撮影しました。エプロンには変わった飛行機が駐機していて航空自衛隊のC-2で、この日は天候が悪くドクターヘリが来られないので急病人輸送のために派遣されてきたようです。
2021/10/13 14:06:08
帰りの飛行機が着陸しエプロンに来ました。来たときは出雲空港からでプロペラ機のATR42でしたが帰りは伊丹空港までのERJ-170です。
2021/10/13 14:49:39
セキュリティを通り搭乗待合室で撮影しました。隠岐空港はボーディングブリッジはなく歩いての道場で、電光掲示板や液晶表示もありませんでした。
2021/10/13 14:54:37
搭乗時間になり歩いての搭乗で、優先搭乗ができるので一番先に歩いて向かう時に撮影したもので、ATRはタラップが内蔵されている機材ですがERJは普通の旅客機なのでタラップがつけられています。
2021/10/13 15:08:08
搭乗してタラップが外され出発します。地上係員のお見送りとターミナルビルを撮影しました。
2021/10/13 15:10:46
誘導路が無く滑走路を使って端まで行き、そこで180度方向を変えてからの離陸で、この写真はちょうど90度向きを変えたところで滑走路を撮影したものです。
2021/10/13 15:11:37
離陸して空港の敷地を撮影したもので、駐車場とターミナルビルの一部が見えています。
2021/10/13 15:11:51
離陸してすぐに右ターンをした所で撮影したもので西郷岬に灯台と爆裂火口が見えています。
2021/10/13 15:12:03
爆裂火口をアップで撮影したもので、切り立った崖の部分が火口縁だというのがよくわかります。